ウッカリ世界で一文無し。ウッカリ世界で妊娠。そしていきなり母子家庭だけどインドを中心に移動式生活続行中。息子ハッチとの日々を綴ります。

初の絵の個展を控えて。幸福について考える。 2015-11-03 :INDIA 2015

f:id:kitagawamika014:20151111091851j:plain

 
何故。
友情よりも、恋人が。
恋人よりも、家族が。
壊れやすいのか。
 
血の繋がった家族とは親族とは。
何の為に存在するのか。
 
 
血縁関係を重視するのは。
ある点ではとても不自然な生き方な気がする。
 
 
私の家族は殆どいない。
父は他界。
母は統合失調症で病棟の奥の奥。
継母と妹は音信不通。
 
 
唯一。
メール連絡が取れるのは。
母の妹の叔母のみ。
父方の親戚は父が亡くなってから音信不通。
母方の祖父母も歳を取りすぎている。
 
 
人生初の絵の個展をインドで控え。
忙しく嬉しい反面。
どうも心の何か穴みたいなものは埋まらない。
この2年間。兎に角、絵を描き続け。
世界中の人が。褒めてくれた。
本当に本当に。
生涯で初めてこんなにも褒めてもらえた2年間。
だからこそ。
初めてのシチュエーションも経験し。
あまり褒められすぎると時に周囲から嫉妬されるとか。
良い事ばかりでもないなと。 
 
 
それでも。 
幼い頃から、いじられキャラで。
ダメだからこそ周囲に笑ってもらえ構ってもらえる。
という家族内でのポジション。
更にそうゆうのは家族内に留まらず。
自分とはそうゆう人間だと思い込み育ってきたので。
ダメだからこそ。
愛される。
みたいな。
歪んだ感覚が身に付いていた。
 
 
だから。
何をやっても大して成果は出なく。
身体を簡単に壊し。
一族の不良債権だと自分では思っていた。
 
親族から。
 
 
褒められるような大学でもなく。
褒められるような就職もせず。
結局。
褒められるような結婚も出来なかった。
 
唯一。
出産に関しては多少は興味を持ってもらえている。
 
 
母や祖母と連絡が取れる。
母方の叔母とメールをしているが。
結婚や出産に向けての事務的手続きなどの協力に比べ。
彼女は全くもって。
私の展示会について興味が無いのか。
 
 
展示会が決まってから。
何かとメールする度に。
展示会についての報告をしているが。
一切、それについては触れてこないのだ。
おめでとうの言葉ひとつもない。
ここまで触れられないと。
逆に意味がわからない。
 
 
結婚報告の時が一番喜んでいた。
次に妊娠。
その後。
結婚を間違えたとなり。
1人で子供を産んで育てると決めてからは。
出産に関しては。事務的手続きなどは話を聞いてくれる。
 

f:id:kitagawamika014:20160512084820j:plain

 
私にとって。
絵の作品、作品は。
全て自分の子供。
 
 
インド、ゴアにて。
私の絵の展示会に向けて働いてくれている人。
出会った友人たち。
私が路上に座って絵を売っている時からの友人たち。
そして。日本の友人たち。
 
 
といっても。
世界に居る割には。
友好関係は手広くないのだけど。
 
 
数少ない友人たちは。
褒めてくれる。
どんな気持ちやレベルかは分からないけれど。
おめでとうと。
言葉をくれる。
私は。
その一言だけでも。
何か。凄く嬉しくて。
勿論。嬉し恥ずかしい。そして滅相も無くて。
それでも。
やはり有難い。
 
 
 
ところが。
ここまで来ると。
電波障害でしかないのかと思うくらい。
叔母は私の展示会に対して無反応。
何度も何度も報告しても。
それに対して返信の言葉は一切ない。
 
 
親族が。
私に興味が無い事は。
この際。
諦めるべきなのだが。
そうなると。
私にとって。
血縁関係者はATMでしかなくなり。
事務的手続きを手伝ってくれるお役所でしかない。
それでも。
協力してくれるだけでも有難く思うのだが。
 
 
まだ。
家族。
血縁関係。
という存在が腑に落ちない。
 
 
家族や血縁関係が一番。
お金だけで繋がっている気がする。
この世の中から。
貨幣文化が消滅した時。
果たして。
家族や血縁関係というは。
今まで通り、存在してゆくのか。
 

f:id:kitagawamika014:20160512085006j:plain

 
展示会に協力して頂いている方々から。
 
 
貴方は有名になるのよ。
 
 
なんて言われても。
実際に言われてみると。なんだか、言葉だけが通り過ぎてゆく。
 
 
私の絵が主役となり、沢山の人々が動いてくれ、展示会場が出来上がって行く様を見て。
写真大学で写真家を芸術家を志して以来。
夢にまで見た光景が目の前で繰り広げられている筈なのだが。
どこか。気分は。
電車に乗って流れてゆく素敵な景色を眺めている。
そんな感覚。
 
もっと。
興奮してはしゃぐ気持ちを抑えきれない。
みたいになるかと思いきや。
意外と冷静で。
 
 
集中して音楽を聴いて絵を描いているその、瞬間の方が興奮していると、思う。
 
 
まさか。自分が。
インタビューを受けたりする事になっても。
全く興奮しない人間だとは思わなかった。
少しは鼻高だかな気分、優越感などあるかと思っていたけど。
 
 
何故だろう。
私の精神的満足度とは。
人から注目される事では無いのかもしれない。
 
人々から。
注目され。
有名になったら。
何か満たされたり。
幸せな気分になるのかと思っていたけれど。
もしかすると。
そこじゃないのかもしれない。
 
 
トランスパーティーの中で。
思いっきり集中して満足のいく絵が数時間で描けた時。
 
 
私は一番。自分で自分が誇らしい。
そして。
満たされた気分になり。
幸せを感じる。
 
だから。そういう絵を褒められると。
それはもう素直に嬉しい。
 
 
 
もしくは。
集中して一晩中、リズムを追いかけて朝を迎えた時。
そんな時も幸福に満たされている。
 
 
親族に一言で良いから展示会について何か言及されたいとか。
人から注目される事が一番の幸福や満足では無かった自分とか。
 
 
なんだか。
贅沢な発言なのだが。
もっともっと。
自分の特性を自己確認出来る。
人生の良い機会が訪れている。
 
 
初の展示会。
初の妊娠出産。
 
 
自分で自分を幸せにする方法を学んでいるのかもしれない。

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村